今回は、当サイトへお寄せいただいた扇子に関する体験談をご紹介します。
今回の体験談は、家族にもらった扇子に関するお話です。それではどうぞ。
祖母に渡された扇子
15年前、私は演劇の勉強をするためニューヨークへ渡りました。
それまでも何度か短期で渡米したことはあったのですが、本格的にアメリカで暮らすのは初めてのこと。
また同時多発テロのあとだったので、旅立つ私も見送る家族も、それぞれ不安を抱えていました。
旅立つ前日、祖母が私に手渡してくれたもの、それは滝を上る鯉の絵が描かれた扇子でした。しかも新品ではなく、大事に使われている様子は分かるものの、少しくたびれた感のある扇子だったのです。
扇子の扱い方を教わって・・・
扇子を渡すとき、祖母は私に「アメリカに行っても自分の根っこを忘れてはいけない」というようなことを言いました。
そしてまず扇子に描かれた滝登りの鯉は非常に縁起のいいものであることを教えてくれ、そのあとで日本人として恥ずかしくないようにと、扇子の扱い方を丁寧に教えてくれました。
扇ぐときは絵柄を外に向けること、男性が扇子を使うときはやや肘を張り気味にした方が粋であるということなど、今まで私が思っても見なかったことを一つ一つ教えてくれたのでした。
私が古ぼけたこの扇子の由来を聞くと、祖母はとても懐かしそうな目をして教えてくれました。
扇子の由来・・・
この扇子はかつて祖父が使っていたもので、祖父はこの扇子を祖母の父、すなわち私の曽祖父からもらったのだと。
私の祖母は婿取りで、祖父はいわゆる「ますおさん」でした。なかなか新しい家族になじめないでいる祖父に曽祖父が渡したのがこの扇子だそうです。
そのとき曽祖父は祖父に、「私には息子がいないから、君が来てくれて息子ができたようでうれしい。今さら鯉のぼりを買うわけにもいかないから、これを進呈する。家の中では私の本当の息子だと思って、大きな顔をしていればいい」と言ったそうです。
それ以来、祖父はこの扇子を大事に大事に、亡くなるときまで使っていたとのことでした。
言ってみればこの扇子は、私の家族をつなぐ大事な品であるわけです。一人渡米する私に、家族の絆が込められたこの扇子を祖母が渡してくれたことに、私は胸が熱くなる想いでした。
今でも夏になると・・・
今、私は37歳。舞台に立つ夢はかなわなかったけれども、英語を使って多くの海外の方を観光地などに案内しています。
特に欧米の人は、日本情緒あふれる扇子に強い関心を持っています。この扇子の話をして差し上げるととても喜んでくれます。
曽祖父はもちろん、祖父も祖母も今は亡くなりました。今でも夏になると、滝登りの鯉の扇子を取り出します。破れたりしないように、大事に大事に扱いながら風を顔に送ると、そのそよかな風にのって、祖父や祖母の声が聞こえてくるようです。
私の家族に伝わる一本の扇子のお話でした。